夏休みは毎朝5時起き。 ぼーっとする頭を叩き起こしながら、学童用のお弁当を作る。
「給食がないんだから、栄養が偏らないようにしなきゃ」 「汁の出ないおかずを」「ある程度は彩りも」 自分のためじゃない。
ただ、目の前の子どものために、家族のために、必死に頭と手を動かしている。
だけど、そうやってお弁当を詰めながら、胸の奥がチクチクと痛む瞬間はありませんか?
「夏休みなのに、うちの子だけ、毎日朝から晩まで学童なんだな……」
周りの子が「夏休みは10時まで寝てた!」「昨日プールに行った!」なんて話しているのを聞くと、胸がギューッと締め付けられる。 本当だったら、夏休みくらい朝は少しぐうたらさせてあげたい。もっと夏らしい特別な体験をさせてあげたい。
それなのに、自分が働いているせいで、いつも通りに朝早く起こして、いつものように学童へ送り出さなきゃいけない。
「私、子どもに可哀想な思いをさせているんじゃないかな」
お弁当箱のフタを閉めながら、そんな答えの出ない罪悪感と、ひとり静かに戦っている。
それなのに。 横からパートナーに、悪気のないトーンでこう言われたことはありませんか?
「そんなに頑張らなくてもいいんじゃない?」
「冷凍食品にすればいいじゃん」
その瞬間、スーッと血の気が引くような、あるいは心の奥からブワッと猛烈な怒りと悲しみが湧き上がってくる。
そして、そのやり場のない感情は、いつしか相手を激しく突き刺すような言葉になって爆発してしまう……。
相手はきっと、責めているわけじゃない。
「無理しなくていいよ」という目の前の問題を解決するための、彼なりの優しさなんだろう。 でも、私が本当に欲しかったのは、そんな言葉じゃない。
「いつも栄養まで考えてお弁当作ってくれてありがとう」 「大変だよね、何か手分けしようか?」
その、私の「がんばりの背景にある家族への思いやり」への気づきが欲しかった。
それなのに、こちらの必死さに気づきもしないで、手分けしようとするわけでもなく、「大変ならやらなきゃいいじゃん」とバサッと正論で切られてしまう。
このつらさは、自分ひとりで歯を食いしばって体力の限界まで頑張り続けることよりも、はるかに深い【孤独】。
自分が家族のためにすり減らしてきた時間や愛情が、一番わかってほしい人に届かず、すべて「意味のない一人相撲」にされたような気がしてしまうから。
でも、ここで少しだけ、立ち止まって自分の心に聞いてみてほしいのです。
「なんで私ばっかり!」とこんなに不満を感じているのに、どこかで「でも、夏休みを回す主担当は自分(母親)だから」という前提が、自分自身の中にもありますよね。
「お弁当作りが大変」とだけ言うと、相手はタスクを減らそうとアドバイスします。
でも、本当に私たちが抱えているのは、膨大なタスクだけでなく、 「一人で留守番させて大丈夫かな」 「一日中YouTube漬けになっていないかな」 「宿題は進んでいるかな」 という、仕事中も頭の片隅を離れない【見えない不安】。
そしてその不安の裏には、いつもべったりと重たい【罪悪感】がへばりついています。
会社のデスクでパソコンに向かいながらも、ふと頭をよぎるのは学童にいる我が子の姿。
「今頃、みんなと楽しくやれてるかな」「本当は家でのんびりしたかったよね、ごめんね」
「仕事を優先して、子どもの大切な夏休みを犠牲にしているんじゃないか」という、自分を責める刃が、仕事中も、休憩中も、ずっと胸を刺し続けているのです。
体力を奪うお弁当作りという「タスク」に加えて、この「不安」と「罪悪感」というメンタルの重荷まで一人で背負っている。だからこそ、もうコップの水が溢れそうなくらい、限界を迎えてしまうんですよね。
もし、その「私がやらなきゃ」の思い込みを少しだけ解いて、自分の「愛情」と「つらさ」の本音をそのまま、こんな風に相談を始められたとしたら、どうでしょうか?
「あのさ……実は毎日、夏休みなのに朝から晩まで学童行かせてるの、子どもに申し訳ないなってずっと思ってて。せめてお弁当くらいちゃんと作らなきゃって勝手に一人で追い詰められてたんだけど、もう体力的にもメンタル的にも限界で。私、一人でこの夏休み乗り切るの無理だから、お願いだから一緒に考えて、助けてほしい」
こうして素直に伝えることができたら。 相手だって、「あ、そんなに色んなことを心配して、必死に考えてくれていたんだな」「それなら、俺に何ができる?」と、きっと全く違う優しい言葉をかけられるはずなんです。
不機嫌なオーラで「察してよ」と伝えるのをやめて、自分の本当の気持ちを穏やかにリクエストする。
そのためには、まずママ自身が「私、主担当を一人で背負って、コップが溢れそうなほどつらかったんだな」「それだけ家族を愛しているんだな」と気づいて、自分をヨシヨシしてあげることがスタートです。
夏休みを1人で疲弊して乗り越えなくてもいいんです。
誰かのために注ぎ続けているその大切な愛情を、ほんの少しだけ、まずは自分に向けてあげて欲しい。
もし今、一人で寂しく歯を食いしばって限界を迎えているなら。
私の開催している「自分を許す心理学入門」講座で、その苦しいイライラのループを解きほぐし、自分の本音を穏やかに伝えるための「心の境界線」を一緒に練習しませんか?
これ以上、あなたの優しい心が擦り切れてしまう前に。どうぞお待ちしています!

